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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)2518号 判決 1985年9月25日

原告

石井絹枝

被告

三芳人司

ほか一名

主文

一  原告の被告両名に対する各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金四六八万七四〇〇円及びこれに対する昭和五九年二月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告三芳人司(以下「被告人司」という。)は原告に対し、金七万円及びこれに対する昭和五九年二月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告ら

主文一、二項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時

昭和五九年二月六日午後一時三五分頃

(二) 場所

京都市左京区田中上柳町一〇、京福電鉄出町柳駅の西南角交差点

(三) 態様

原告が原動機付自転車(以下「原告車」という。)を運転して、右交差点を西から南へ右折走行中のところ、西側後方から東方へ直進すべく進行して来た被告人司運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が追突した。

2  責任

本件事故は、被告人司が前方注視を怠つたことにより発生したものであり、同被告は民法七〇九条により責任がある。なお、被告人司は昭和四〇年一〇月二日生れの未成年者(事故当時一八歳)であるところ、同人の親権者は、父である被告三芳博文(以下「被告博文」という。)、母三芳幸子である。

被告博文は、被告車の保有者であつて、自動車損害賠償保障法三条により責任がある。

3  受傷と治療経過

原告は、本件事故により骨盤骨折の傷害をうけ、次のとおり入、通院して治療をうけた。

(一) 昭和五九年二月六日から二月九日まで根本病院に入院

(二) 同年二月九日から三月二三日まで小澤病院に入院

(三) 同年三月二四日以降小澤病院及び同病院の指示紹介による橋村音羽接骨院において通院加療

なお原告は、現在も腰が痛く、いまだ回復していないのであるが、医療扶助が打切られているので治療費を自己負担することができず、前同年秋以降は通院ばできていないものである。

4  損害

(一) 休業損害 四四〇万五〇〇〇円

(1) 原告は、事故当時、スナツク「美苑」の責任者として勤務し、月額四二万七五〇〇円の収入を得ていたところ、右負傷のため、事故日から昭和五九年八月二〇日までの六か月一五日は全く働けず、この間の収入を失つた。なお、原告が休業の間、洋服代、化粧代その他諸経費の出費を要しなくなつたことを考えても、少なくとも実質的には一か月三五万円余の収入を失つたものである。従つて、右期間の損害は二二七万五〇〇〇円を下らない。

(2) 原告は、昭和五九年八月二一日から翌六〇年三月末日までの七か月一〇日の間、身体不調にもかかわらず生活を維持するため、無理をして働いたが、この間、一か月一〇万円余の収入減となつている。従つて、右期間の損害は七三万円である。

(3) 原告は、身体不調のために昭和六〇年四月一日以降は全く働いていない。従つて、右四月一日から同七月末日までの四か月間の損害は一四〇万円となる。

(4) 合計四四〇万五〇〇〇円

(二) 慰謝料 一三〇万円

本件事故による原告の傷害は前記のとおりであるところ、被告らが支払について誠意を示さないため、原告は途中で生活保護(医療扶助)をうけて治療を続けたものであつて、慰藉料として一三〇万円を請求する。

(三) 入院中の雑費 五万七〇〇〇円

前記入院期間五七日の雑費として一日一〇〇〇円の割合による五万七〇〇〇円を要した。

(四) 着衣等の損害 七万円

原告の事故時のズボン、メガネ、原動機付自転車が破損したことによる損害は七万円相当である。

(五) 治療費 三万〇七〇〇円

原告が自己負担して支払済の根本病院に対する治療費は三万〇七〇〇円である。

(六) 弁護士費用 四〇万円

原告は、話し合い解決を考えて調停申立をなしたが、被告において支払いにつき誠意がなく、同調停は不調となつた。そこで原告は、財団法人法律扶助協会京都支部を経由して、弁護士に本訴の提起追行を委任し、その費用として四〇万円の支払を約した。

5  結論

以上の次第であるところ、原告は休業損害合計四四〇万五〇〇〇円の内金三八四万七五〇〇円より自賠責保険の給付金七四万七八〇〇円及び被告らの弁済金二〇万円を充当した残額二八九万九七〇〇円に、前項(二)、(三)、(五)及び(六)の損害額を合算した四六八万七四〇〇円とこれに対する本件事故当日である昭和五九年二月六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を被告各自に求め、また前項(四)の物的損害額七万円とこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を被告人司に求める。

二  答弁

1  請求原因1(交通事故の発生)のうち、原告車と被告車との接触を除く態様の点を否認し、その余の事実は認める。

2  同2(責任)のうち、被告人司の注意義務違反及び被告博文の保有者責任に関する事実を否認し、その余の事実は認める。

3  同3(受傷と治療経過)のうち、根本病院及び昭和五九年三月二三日までの小澤病院での治療は認めるが、その余の事実は否認する。仮に原告が橋村音羽接骨院で治療を受けた事実があるとしても、それ以前に二か月余の治療空白期間があることからして、本件事故と因果関係のある受傷の治療かは疑わしい。

4  同4(損害)の損害額はいずれも争う。

殊に、休業損害につき、昭和五九年三月二四日以降休業の必要があつたかが疑わしいし、収入についても原告は当時スナツクの雇われママとして働いていたところ、自己の負担に帰すべき衣服その他の経費として少くとも月額二五万円を要したから、これを控除して損害の算定がなされるべきである。

三  抗弁

1  過失相殺

原告車は右折するに当り、道路中央部に寄らなければならないのに、これを怠つて道路左端から急に道路を横切る形で右折しようとしたため、信号に従い直進しようとした被告車の左側部に自殺行為的に衝突したもので無謀というほかない。それに、原告は当時、ヘルメツトを所有しながら着用しなかつた過失もある。以上に鑑み、原告の過失は八割以上と考えるのが相当である。

2  損益相殺等

原告は、本件事故につき、自賠責保険より一二〇万円の給付を受け、昭和五九年三月二三日被告らから二〇万円を弁済として受領した。

四  抗弁の認否

1  抗弁1(過失相殺)の主張は争う。

2  同2(損益相殺等)の事実は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、、それを引用する。

理由

一  交通事故の発生

昭和五九年二月六日午後一時三五分頃、京都市左京区田中上柳町一〇、京福電鉄出町柳駅の西南角交差点において、原告車と被告車との接触事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争のない甲第二号証、同乙第七号証、同第一二号証、同第一五号証に、原告及び被告人司各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  同交差点は、南北に通ずる川端通と東西に通ずる無名通が交差する十字路であつて、当時信号機による交通整理が行われていた。同交差点西側の無名通は、歩車道からなり、車道は中央線により幅員各三・五メートルの東行及び西行各一車線に区分されていたほか、交差点手前に横断歩道が設けられていた。

2  被告人司が被告車を運転し、右の無名通東行車線を進行して本件交差点手前に達したところ、対面の信号機の表示が赤であつたため、右折合図の先行車に続いて停止した。なお、被告人司は同交差点を直進することにしていた。

3  右と同じ機会に原告は、ヘルメツトを装着しないまま原告車を運転して無名通東行車線を進行し、本件交差点で右折南進することにしていたところ、信号待ちをしていた乗用自動車が三台位あつたため、それらの左側を通つて横断歩道付近に達し、右折合図をしながら該道路左側端に停止した。

4  そのうち対面の信号機の表示が青に変つたのであるが、原告及び被告人司は互に注意を払うことなく発進し、被告人司が直進していたところ、原告は右折のため交差点中央付近に進出しようとして、被告車左側面に原告車を接触させて転倒した。被告人司は、この接触音により初めて事故の発生に気付いて停止した。

以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。

二  責任

1  被告人司

車両の運転者は、その運転に当り左右の車両の動向にも注意を払いながら運転すべき義務を負担しているところ、右認定事実によれば、被告人司としては原告車の動向に注意を払い得たのに、これに全く意をもちいなかつたのであるから、過失があつたことは明らかである。

従つて、被告人司は民法七〇九条の規定により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告博文

次に、前掲乙第一五号証、成立に争のない乙第八、第九号証に、被告人司本人尋問の結果によると、被告車の使用者は山崎コミネ名義で登録されていること、同人は被告人司の祖母に当り、盲目で一級身体障害者であること、被告車はコミネの送迎用とされているものの、被告人司の父である被告博文が通勤用に乗車しており、自賠責保険の保険契約者も一旦はコミネになつていたが、間もなく被告博文に変更されたこと、本件事故当時、被告人司は同博文の承諾を得て、被告車に乗つていたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、被告博文が本件事故当時、被告車を自己のため運行の用にしていたと解するのが相当である。従つて、同被告は自賠法三条の規定により、本件事故によつて生じた人的損害を賠償すべき責任がある。

三  原告の受傷と治療経過

前掲乙第一二号証、成立に争のない乙第一三、第一四号証に、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故により頭部外傷Ⅱ型及び骨盤骨折の傷害を受けた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

そして、原告が事故当日の昭和五九年二月六日から同月九日まで根本病院に入院し、同月九日から同年三月二三日まで小澤病院に入院して、それぞれ治療を受けた事実は、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したと認める甲第六号証によると、原告は、その後小澤病院に通院していたが、同病院の紹介により昭和五九年五月三〇日から同年一〇月一一日までの間に五五日(五月は一日、六月は一八日、七月は二〇日、八月は一三日、九月及び一〇月は各一日)、京都市山科区所在の橋村音羽接骨院に通い、骨盤骨折の後療として長時間起立時や歩行時に生ずる痛みを解消するため、治療を受けた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

なお、原告は、この後も腰の痛みを持続している旨の主張をし、これに副う証拠として原告本人尋問の結果が存するけれども、本件事故と因果関係を含めて客観性のある裏付けを欠き、未だこれを採用するに足りないというべきである。

四  損害

1  休業損害

原告の治療経過に関する説示に、原告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したと認める甲第四号証を総合すると、原告は京都市東山区祗園町所在のスナツク「美苑」の店長として勤務し、本件事故当時、平均して月額四二万七五〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故により昭和五九年八月二〇日まで休業を余儀なくされたこと、ところで原告は、店長として勤務するについて衣裳代をはじめとする諸経費を要し、その額はすくなくとも右月収額の三〇パーセントに達するものであつたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

なお、原告は同年八月二一日以降につき労働能力の減退をいうのであり、原告本人の供述中にはこれに副う部分があるけれども、原告の治療経過の項での説示と同旨により未だ採用し難い。

すると、原告の休業損害は、一九七日間につき一日九九七五円として、合計一九六万五〇七五円となる。

2  慰藉料

原告の受傷の程度、入・通院の状況など諸般の事情を考慮すると、その精神的苦痛を慰藉すべき額は九〇万円をもつて相当と認める。

3  入院雑費

原告の入院期間は五七日であるところ、その間に要した雑費は、一日一〇〇〇円の割合により五万七〇〇〇円と認めるのが相当である。

4  原告車の破損など

前掲乙第七号証と原告本人尋問の結果によると、原告車が右グリツプ・ステツプ擦過、右指示器割損等により修理費約一万円を要する損害を被つた事実を認めることができるほか、当時原告が着用していた衣類や眼鏡が破損したというのであるが、破損の程度が明らかでなく、損害を評価するに足る資料がない。

5  治療費

成立に争のない甲第七、第八号証に、原告本人尋問の結果によると、原告が自己負担として支払済みの根本病院に対する治療費は三万一七三〇円であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

6  過失相殺

原動機付自転車が交差点において右折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄らなければならず、逆に左折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の左側端に寄らなければならないことは、道交法三四条一、二項に明定されているところ、原告は前叙事故の態様の項で認定したように、該交差点で右折するにもかかわらず、左折の際の遵守規定に即した道路左端に寄つて信号待ちをしていたこと、原告はこのように規定に違反していただけに、発進して右折の行動に出るに当つては、同じく信号待ちをしていた乗用自動車のうちに、被告車のように原告車の右折に気付かないまま直進する車両のあることを予想して対処すべきであつたのに、それらを全く意に介することなく右折のため走行したことが、本件事故の発生の重要な原因になつているといわざるをえないし、ヘルメツトを装着していなかつたことも事故の拡大に繋つているというべきであるから、原告が被つた損害につき六〇パーセントの減額をするのが相当である。

すると、右1ないし5の損害合計二九六万三八〇五円に、成立に争のない乙第一六ないし第一八号証により認められる治療費合計四一万二三九二円を合算した三三七万六一九七円につき六〇パーセントの増額をすると、残損害額は一三五万〇四七八円(日未満切捨)となる。

7  損益相殺等

原告の本件事故による損害につき、自賠責保険より一二〇万円の給付がなされたほか、被告らが昭和五九年三月二三日二〇万円を支払つたことは、当事者間に争いがなく、前掲乙第一六ないし第一八号証に、成立に争のない乙第一九号証によると、右の一二〇万円は昭和五九年八月一日頃までに給付された事実を認めることができる。

そうだとすれば、原告の前記残損害額一三五万〇四七八円及びこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金は、右により填補されたことになる。

五  結論

以上の次第であつて、原告の被告両名に対する本訴各請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

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